東京都社会保険労務士会様の講義と前山ゼミとの意見交換交流会
今回は、社会保険労務士会様との交流の時をご共有させていただきたく思います。ご縁があり、東京都社会保険労務士会の台東支部様からのご厚意で、オンライン出前講義とまた意見交換交流会の場を持たせていただくことができました。ここでの様子、また組織研究の観点から、大学教育と社会人に参入する教育(社会接続教育)との関わりに感じたことも含めて述べさせていただきたく思います。
東京都社会保険労務士会の台東支部様からは、「働くことと社会保険」(令和2年度版)というとても素敵なタイトルの画像を放映頂きました。
学生さんたちが感激した、実務専門家による実に明快丁寧な画像提供とアドバイスの時
台東支部様が独自に作成されたもので、下記の二部構成で、とても考えられた充実したものです(実はもっともっと豊富な項目があり、微に入り細に入りなのですが、ここでは一部だけご紹介しています。)
<労働関係編>
働くとは;労働基準法ってどんな法律?;労働時間のきまり;年次有給休暇とは;就業規則って何だろう;給与明細書を見てみよう
<社会保険関係編>
育児休業って何だろう;問題が起こったら;年金にはいつから加入するの? 老齢年金の仕組み;まだ学生で年金が払えない!そんな時には;とても怖い年金保険料の未納について
そして、お二人の講師がわかりやすく講義してくださるものでした。なおまた、その内容と関連した『あゆみの就職』というしおりも事前にご送付いただいておりました。
前山ゼミの学生さん達、徹頭徹尾、食い入るように真剣に見入っていました。
映像の後には、東京都社会保険労務士会の台東支部の社労士の専門家お三人とのオンライン交流の場となりました。ゼミ生が4年生であることもあり、概ね企業や公官庁などに就職決定ないし内定決定した時期なので、これらの知識に飢えていた感があるようです。
ゼミ生一人ひとりがマイクをもって、福山市立大学の教室から、台東区の事務所のお三人に対して質問させていただきました。「企業に就職する4月1日のその日にけがをしてしまった場合、(社会保険の加入期間は1日だけですが)保険や年金はでるのでしょうか?」といった学生さんらしい質問があったりしました。(もちろん、仕事中であれば労災保険、仕事外であれば健康保険で治療を受けられます。また要件に該当する場合は、障害厚生年金を受けられます。)また、国民年金の納付特例を実際にうけていた学生さんは、すぐ目の前のこととなるので「現在、すでに学生納付特例制度を受けているのですが、返還は一括でなくて分割で可能なのでしょうか?」といった具体的な質問をされていました(送られてくる納付書に分割方式があるとのことです)。
また、広島県の労働局に就職が決まった学生さんなどもいて、「これから、社会保障、労働基準法関係、労務関係を扱う世界に入るはずなのに、実はさっぱり知らなかった。良かった!」と喜んでいる方もおられました。
社労士の専門家のお三人からは、学生さん目線を踏まえて頂いて、制度のご説明と共に、「働くこと」の意味と姿勢の大切さ、また、よい仕事をしてゆくうえで、先輩や同僚とよいコミュニケーションをとることがとても大切、といったことを、とても暖かく、かつ現実の各種企業の顧問をされながらのリアリティある眼差しで、とても暖かくかつダイレクトにお話くださり、大変に真剣で意義深い時となりました。
社会接続教育について考えさせられたこと
この時を頂いたことにより、考えさせられたことがあります。大学教育と社会への接続のことについてです。あるいは学校教育制度と社会人となってのお一人おとりの成長を促進する学習・教育との関わりについてです。
ある学生さんが質問されたときのことです。「実はいま行っているアルバイト先で、「週4日」の契約なのに、勝手に週6日の勤務を割り当てるのです。おかしいと思うので「バックレる」選択はアリでしょうか?」というものでした。まず、逃走するを意味する「バックレる」の若者ことばに、大爆笑しながらも、そうした時には、(勝手に割り振られた2日について)「自分は出勤しません」と意思表示すること、また「社会人となるにあたって、制度的な不備が相手にあるときでも、勝手にいなくなるなどの社会的信義を踏み外すことは、悪い波及効果もあるので良くない」という、適切なアドバイスを頂きました。学生さんが納得された顔が印象的でした。(また、必要な場合の相談窓口情報も頂いていました。)
場合のよっては、このような企業のブラックなアルバイトの使い方や「資本の欲動」をはからずして覗いてしまい、考えを深める学生さんもいます。けれども多くの場合、ほぼそうした側面をイメージすることなく、基礎的な知識なく、社会に巣立って行かれます。(「資本の欲動」・・・あ、有名な地理学者デイビッド・ハーヴェイの言葉をつかい、失礼しました)
すすむ「工業社会から脱工業社会へ」の転換
今、社会政策の世界では、社会-国―市場をふくむ社会構造が変化してきているといわれます。かつて、重化学工業などを基軸とした「工業業社会」体制から、「脱工業社会」(post-industrial society)としての「知識社会」(knowledge society)へと転換するし、またしてきていると考えられています。「知識社会」とは、より高い人間的能力を必要とする職務が増えて、人間的能力の活用に基づく「知識集約型産業」が産業構造の基軸となるとされています。そこでは、経済部門における情報化・サービス化が進展し、技術的知識人が沢山出現するとされます。また商品販売からサービス提供へのシフトが起きるともされています。
マイクロソフトやアマゾンで、働く人一人ひとりの知的資源をフルに活用している
私の身近なところで思い起こされるのは、たとえば、マイクロソフト社についてですが、シアトルに本拠のあるマイクロソフトの社員をしている友人たちから話を聞くと、アイディア豊富で仕事熱心なデータサイエンスの専門家、言語学者など様々な人たちの知恵をアイディアをフルに生かして、製品やサービスの創出をしてきています。(その個性を生かされて働けるので、大変な仕事フリークになる人も多いようです。)アマゾン社の社員の仕事ぶりも共通で、そして、これまたシアトルに本拠のあるアマゾン社の場合には特にインターネットでの注文、送金、またそれに基づく(さらにはアマゾンのキンドル・ストアのように無数の書籍を電子書籍(データ)としてデータサービス提供(販売)するビジネスが世界を駆け巡っています。)シアトルの本社のあるアマゾンが、私たちの生活をだいぶ変えてきていると感じています。(かくいう私も、アマゾンで書籍を購入し、アマゾン・キンドルで電子書籍を読むことが増えてきています。)
知的資源を活かして働く人たちは、学校教育後の人生で自己教育を積んできている
さらに、マイクロソフト社の社員である友人・リー(Lee)さんのお話を伺うと、マイクロソフトにつとめる人たちは、各種の専門職であったり専門技能を持つ人が多く、しかも、大学や、地域の人たちの生涯学習と就労基盤教育を受け持つ各地のコミュニティカレッジ大学(2年制の大学)をへて、転職したり、資格を取得したり、分野を変えたり、あるいは重層的に知識を蓄えたりと、さまざまの職業体験を持ち、それを相乗的に生かしている人が多い、とのことでした。
「脱工業化」時代に必要な「人的インフラストラクチャー」=人生の諸局面にわたって体系的に展開される教育の新構築
神野直彦さんという著名な財政学者は、重化学工業などを基盤とした工業社会から、知的集約産業・サービス産業などのソフトな産業を基盤とする「脱工業社会」になるときに、社会のインフラストラクチャーは人的インフラストラクチャーとなり、その基盤は教育となる。そして、そのためには、学校以外の社会システムや経済システムにおける教育機能を高め、社会全体として体系的な教育を形成しなければならない!と大変に力強い発信をしていただいています。(神野直彦『「人間国家」への改革 参加保障型の福祉国家をつくる』NHK出版、2015年がとてもよい見通しを提供してくれています。ちなみに、神野さんはそのなかで、今、工業社会時代とは異なった形で、人々を下支えする社会的セーフティネットを張ることの大切さを訴えておられます。)また、なお、同時にそうした教育体系の基軸として、学校教育も内包的かつ外延的に教育機能を拡大していく必要がある、と学校教育の刷新と拡大の必要も示されています。
さきの友人リーさんのお話に見えるように、マイクロソフト社やアマゾン社での新たな知的な働き手の人たちが産業と新たなビジネスやITのシステムの構築に懸命に励んでいるわけですが、その人たちは「学校教育」でもフルにがんばり、さらにその後の人生でも自己教育を積んだ方々が、ということでした。
問われる「やり直しのきく教育」
実は、私自身2001年にアメリカ・シアトルの、あるコミュニティカレッジで客員研究員をしたときに、それがアメリカの産業と社会をささえていることを痛感したことがありました。コミュニティカレッジ(community college)とは、全米の各州が設置した高等教育機関でいわば二年制の大学ですが、そこでは、4年制の専門的な大学であるユニバーシティへの編入を念頭にしながら本格的な勉学に進もうかを考えて在籍する18歳たちや、前の職場を退職して次の仕事を目指してITやアカウンティングの資格をとろうとする人がいたり、またキャンパス内に、授業として学生が経営をトライするための「レストラン」や「美容院」施設が設置されていたりします。アメリカの人たちは、よく解雇などに遭遇したりしますが、他方で、そのようなスキルや人生での歩みをささえるものが「やり直しのきく教育」として用意されているのです。そしてその循環が、アメリカの産業と社会を粘り強く支えるものとなっているという現実があります。
このような人生の歩みの中で「やり直しのきく」教育、その自己研鑽を制度として支える教育は、成人高等学校制度「コンプックス」を広くすすめるスウェーデンなどの諸国でも進められています。
※(ご参考)そういえば、客員研究員をしたことを基に、そのコミュニティカレッジで担当者の方々にヒアリング調査して次の形として考察したことがありました:
前山総一郎「アメリカの生涯学習事業–コミュニティ・カレッジの生涯学習機能を中心に」『産業文化研究 』第11号、2002年.
社会接続教育の必要
さて、話が大分飛んでしまいました。けれども、今回の社労士会様とのお出会いをいただいくなかで強く感じたことは、今、社会に出るにあたって、企業や行政機構組織にあって、どのような人事労務がすすめられているのかという点についても、一人ひとりが、人生の歩みの中で職業においても社会的な仕事においても、自らの歩みを進めるのに特に自立的に判断できるうえで、とてもとても大切な知見と場を学生さんたちはいただいたということでした。
国公立を問わず大学においてもキャリア支援センター(就職センター)があり、懸命に学生の職業支援を進めてくれています。実は、そこで企業経験があるベテランスタッフなどが懸命に就活の活動日程や手続き(エントリーシートの書き方など)を教えてくれたり、企業とつないでいただいたりと大わらわです。けれども、こうした懸命な努力にもかかわらず、こうした教育的支援は「単位」外、つまり大学の教育のカリキュラムとは接続していないという実態にあります。私が言いたいことは、制度教育(小学校から大学)での教育と、社会での働き、また自己学習や爾後職業学習とをつなぐシステム、「社会接続教育」が極めて大切になるだろうと感じているということです。
希望を感じたとき!
あ、また、書いているうちにブッキッシュ(本の中からでてきたように四角四面のこと)になった物言いになってしまいました。
でも、コロナでの企業や各種組織の様々な変化、さらに社会の在り方の大変化にあって、今回の社会の諸組織に精通したプロフェッショナルのかたがたとのお出会いは本当に意味深いものと感じたところでした。そして、社会に出てからのことを考えて真剣に臨んだ学生さんたちの賢明な眼差しとともに、そしてそれに対して、企業への顧問業務というリアリティをもって、学生さん想いで大変に温かくご対応くださった、お三人の専門家の方の前向きさとから、コロナ禍下だからこそ感じられた大切なものがあったと感じました。
東京都社会保険労務士会台東支部様とのご縁で、今後に向けての大きな希望を感じることとなりました。今回ご対応くださった、同支部の社会保険労務士の竹山文様、松澤晋平様、若田充子様、本当にありがとうございました!
学生さんの笑顔が、すべてを物語っています!!
<言及した参考文献>
〇神野直彦『「人間国家」への改革 参加保障型の福祉国家をつくる』NHK出版、2015年
〇前山総一郎「アメリカの生涯学習事業–コミュニティ・カレッジの生涯学習機能を中心に」『産業文化研究 』第11号、2002年.