公開講座「コロナ禍・人材難・働き方改革で苦悩する企業・NPO組織の好転の新動向」(2):価値創造からの人材と労働生産性の活かし方(中小企業庁様)

前回をうけて:「組織の好転」事例のリアル!

 公開講座(福山市立大学教育研究交流センター;2020年11月7日)のお話の続きです。公開講座の前半では、中小企業における「組織の好転」のメカニズムについて、タテイシ広美社の立石会長様のとても刺激的で心温まるお話をいただいたことをご報告いたしました。今回は、それに引き続いてのお話です。

 特に、前回の記事では、「組織の好転」というものが起こる場合には、単に経営者の姿勢だけが変わったとか、あるいは指揮系統(給与体系や評価制度)だけが変わったということではなく、どうも「経営者の姿勢(眼差し)- 組織風土(社員のいきいき)- 指令系統と規律」という三者が有機的に連動して組織の好転が起きるということをリアルに受け止めさせていただきました。そして、その有機的期に連動した転換の過程で、社員の方々が「活かされている感」をもち、内発的なやる気を持たれてゆかれる様子、そしてそれがあったからこそコロナ禍下でも新商品開発で売り上げ回復に至られたご様子もありありありとご共有頂きました。

 ちなみに、少し違う領域ですが、米国の自治体の組織改革についてこの数年研究したことを私の著書として今年刊行させていただいたのですが、そこで、大変に共通したことに出会っていましたので、とても納得がいったところです。(前山総一郎『米国地域社会の特別目的下位自治体』東信堂。なお、このお話は長くなるので、別途、後日させていただければと思います。)

 

 さて本日は、公開講座の後半。前回の記事でご共有いただいた「組織の好転」事例のリアルをうけて、現在取り巻く経済社会情勢における中小企業組織の動向がどのようになっているのか、そして何が今中小企業にあって求められているのか、をご示しくださった中小企業庁の尾髙正裕(おだかまさひろ)様(事業環境部調査室調査員)のご提起についてのお話をさせて頂きます。

 今回は、尾高様のお話がメインディッシュ。また今回の資料アップは、中小企業庁で公開いただいている資料におんぶにだっこで使用させていたいています。なお、今回この企画を立てたMaeyama-Laboの観点で捉え感じたことからのコメントも加えさせていただきたく思います。

 

 (中小企業庁様のホームページ。ホームページ右上には、白書がダウンロードできるタブもあります。特定定額給付金や持続化給付金などなどで大変にお忙しいところ、ご登壇いただきました!)
公開講座オールスター勢揃い。画面(中央)が中小企業庁調査室の尾高様。前回と同じ写真再掲ですみません。
(講演会当日に使用された尾髙様のプレゼンテーション)

実はコロナ禍以前から低減しはじめた企業組織をとりまく景気状況

 尾高様のお話において、今回の講演企画の趣旨に関わることなのですが、ご提起の前提として見逃せないことは、目下、中小企業組織をはじめとする各種組織がおかれている厳しい状況の変化が、実は、景気状況・産業状況がコロナ禍との関わりだけでない、組織と産業の構造全体にかかわる大きなお話であると推測されるということです。

 今、多くの組織、特に中小企業では、残業の規制や同一労働同一賃金といった「働き方改革」、最低賃金の引上げ、被用者保険の適用拡大などなど、相次ぐ制度変更への対応を余儀なくされていて、そしてその上にコロナ禍で売上高等々の落ち込みや、資金繰りで辛酸とご苦難を経ておられます。実は、白書の判断では、「2019年に入ると、米中貿易摩擦の影響による外需の落ち込みや、2019年10月の消費税率引上げに伴う一定程度の駆け込み需要の反動減に加え、台風や暖冬等の影響もある中で、業況判断DIの低下が続いている」という見解をお示しになっておられます。起業論などの研究仲間や中小企業の経営者の方々に伺っても、やはりコロナ禍以前からそうした低減が起きていることを感じてきている!とのことを伺っています。

 どうも、これまでの経営のしかた、これまでの組織の在り方では通用しないことが起こっていて、全体として組織と産業にかかわる構造転換が呼びかけられていると感じさせるものがあります。単に、景気が回復すればよい、単にもとに戻ればよいということではなさそうです。何が問われているのでしょうか。尾高様のお話にはそうした根本につながるご指摘があります。

 

(業況判断DIの推移についての図:中小企業庁調査室「2020年版 中小企業白書・小規模企業白書<講演用資料>」、2020年6月、43頁: 2019年度後半から景況が低減しはじめたことがはっきりと見える。)

コロナ禍下での中小企業のコロナ対策事情と可能性ストを追加

 尾高様のお話では、中小企業のコロナ対策では自然災害のリスクに比べ感染症をリスクとして想定していた企業は少なかったということや、企業に比べて、中小企業でのテレワーク導入が進んでいなかった、という興味深いお話も頂きました。(もちろん、そうしたなかでも感染症リスクに備えていたサクラファインテックジャパン(株)(東京都中央区)や、施設を開放して従業員の子どもを受け入れて従業員の生活を守る取り組みをおこなった(株)奥野工務店(岐阜県飛騨市)などの興味深い先進事例のお話も頂きました。)

 今、感染症などへの備えとともに、仕事の効率性や時間短縮にむけてテレワークが期待されているということですが、このようなことも組織と産業の構造転換の一環をなす潮流と感じられます。

 

(テレワーク導入目的(図):中小企業庁、同上 公開講演資料,108頁。非常時の備えとともに、仕事の効率性や時間短縮にむけてテレワークが期待されている。)

「新たな価値」を生み出すこと

 このような大きな変動が進行している中で、組織のかじ取りにとって何がよびかけられているのでしょうか。中小企業庁の尾高様からのお話で、「賃上げと利益拡大の両立を図るためには、付加価値の増大が不可欠」である、という点が大変に示唆を感じさせるものでした。よく耳にする、経営者の方のお悩みは、「従業員の給料を上げると、利益が削がれて経営が立ち行かなくなるのではないか。他方で、利益拡大に走ると、人(従業員)がなかなか定着しない」ということにあります。苦しい状況です。

ここで「付加価値の増大」ということが大きいとされます。新「新たな価値」の創出ともされます。どのようなことでしょうか。

 それは、「製品・サービスの差別化や新事業展開をおこなうこと」によって「新たな価値」を生み出すこと」にかかわることが重要とのことです。

 実は、後でも触れますが、組織の中での人を生かす上で大きなテーマとなっていると感じさせるものです。「新たな価値」ないし「付加価値」とは、企業が新たに付け加えた価値で、「売上高から外部調達費を引いたもの」を指すもので、そこから給与や福祉厚生費などの「人件費」、支払利息や賃貸料などの「その他費用」、そして「利益」が分配される、ということとなります。従業員に支払う賃金(人件費)は、企業が生み出した付加価値の中から分配されるということです。

(新たな「価値創造」の取り組み(図): 同上講演資料、111頁。「価値創造」の具体的イメージが示されている。)

「新たな価値」を生み出し賃金確保・増大につなげるポイントとは

でも、実際には働き方改革やコロナ禍下で収益が減り、経営に最低限の必要利益さえ確保しにくくなっている今、それにむけてどのようなことが考えられるのでしょうか。中小企業庁様の尾高様を通じて頂いている今回のご提起は、多数の事例分析を通して抽出されていると拝察しています。賃金確保・増大につながる付加価値の増強につながるそのポイントを下記に示します:

〇業種別の傾向はあるものの、中小企業では特定の狭い市場を対象とし、製品やサービスの差別化で優位性を構築する「差別化集中戦略」を採る企業が最も多い。

〇新たな製品・サービスの開発など、顧客に新たな価値を提供するような他社との差別化が、付加価値の増大につながり、生産性の向上に貢献する。そして、国内ニッチトップ製品・サービスを保有している企業は、独自の技術開発や新製品・サービスの開発に注力して、差別化を図っている傾向がある。

〇新たな製品・サービスの開発以外にも、短納期といった強みを際立たせる取り組み、本来の製品やサービスに加えて付随的なサービスを提供する取り組みなどを通じて、差別化に成功する企業も存在。

〇一般に販売数量と販売単価は、トレードオフの関係と考えられているが、新たな事業領域に進出した企業の約4割で、数量、単価がともに向上。

 「う~ん、なるほど!」なるほどとうならせるところです。新たな製品・サービスの開発、短納期などの強みなど、それぞれの企業で取り組んできたことの強みを集約し、マーケットとの関わりを絞り込む。・・そして製品・サービスの優位性を顧客に伝える取組をおこなうということが大きい! そしてそれが労働生産性の向上につながる!!

タテイシ広美社での「新たな価値」創造の成功事例

 タテイシ広美社の立石会長様からお伝えいただいた先の事例がそれにとてもよく当てはまりました。

前回の記事でタテイシ広美社様の展開をご紹介しました。上記のポイントと、とても通じる点があります。

 1980年代半ば、業界電子化にあって、看板業からパソコン技術・カッティングシート技術への進展、1991年バブルの崩壊ピンチでLED電光掲示板自社開発への転換、2020年コロナ禍での売り上げ激減にあって、アクリル版の開発販売と、それぞれの危機にあって、それぞれのタイミングで、社員の方々に対する圧倒的な信頼をかけられて、また社員の方々との意識共有とやる気を引き出すことが起こることにより、うまくボトムアップがはかられながらタテイシ広美社の前進と組織拡大と業績を延ばされてこられたことがとても印象的です、とお伝えしました。

 まさに、その都度、新たな技術開発に進まれ、また、中小企業の小回りを活かしての個別生産(LED電光掲示板)への進展、さらにいち早い市場開拓(コロナ禍でのアクリル板の製品化と市場開拓)ということに踏み出されたということになります。

 これもなるほど!と感じさせるものです。新たな製品・サービスの開発、個別生産の強み、他者が本格的に手掛けていない製品の開発、マーケットへのいち早い参入、そしてその結果、収益の増大、労働生産性の向上と、中小企業庁様が提起する「新たな価値」創造のポイントと通じるところが大きいです。

 

 

人材資本の活かし方が価値創造・生産性増大への鍵

 けれども、実際にそれを推進するためには、どこがキモとなるのか!?も気になります。

 尾高様からの当日のご提起の最後の部分がそれに関連しているところでした。無形資産の活用による可能性の増大(人的資本への投資(生産性との関係))ということです。それは、人材への投資に取り組むことで、生産性をさらに伸ばせる可能性がある。特に経営者・役員への人材教育・能力開発投資を重視する企業で生産性の上昇幅が大きい、とのこです。

 すでに多くの中小企業にあって、「人材」が大切な経営資源と捉えられています。図にあるように、製造業、非製造業ともに、最も重視している経営資源の第1位が技術者・エンジニア、第2位が営業・販売人材、第3位が経営者・役員と、工場や事務所、資金などを抑えて、とても大切なものと捉えられていることが分かります。そしてまた、「人材への投資にとりくむことで、生産性をさらに伸ばせる可能性がある。特に経営者・役員への人材教育・能力開発投資を重視する企業で生産性の上昇幅が大きい」人的資本の活かし方が価値創造・生産性増大への鍵、ということですね。

 

(「中小企業が最も重視している経営資源」(図);中小企業庁 同上公開講演資料,43頁)

人材としての経営資源を活かす新たな手法→(次回に)

 さて、ここで、深く先端的なテーマがさらに見えてきました。経営と産業構造の変容すすみ厳しい経営難とコロナ禍だが、そのなかにあっても、人材資本の活かし方が価値創造・生産性増大への鍵。

 ではその人材としての経営資源を活かすにはどのようにしたらよいのか、その点が問われてきているのではないでしょうか。

社員の方々に対する圧倒的な信頼をかけられて、また社員の方々との意識共有とやる気を引き出すことが起こることにより、うまくボトムアップがはかられながらタテイシ広美社の前進と組織拡大と業績を延ばされてこられたことが再度思い浮かびます。

 この点、社員、経営者、お一人ひとりの「人生の仕事」を見出してゆくプロセスとかかわるものと捉えています。そしてとくに経営ビジョンへの参加といったことが大きく、また、みずからの人生でのはたらきをじっくり研究してもらうことで、参加意識と生産性向上につなげた先端企業もあります(例えば(株)ユニティ社)。人の参加意識と生産性向上のリアル! この点について、経営学・組織社会学の原点的な位置にあるF.J.レスリスバーガーのとらえ方や、あるは革命的な組織意欲のとらえ方(マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現)を示したF.ラルーの「ティール組織」論などが刺激的で関わっていると感じています。次回、講演会の三人目の登壇者として登壇させていただいた前山自身の提起もご共有しながらお話させていただきたく思います。

 

今回いただいた、未来を切り開く上で大きな視座

 今回の中小企業庁調査室の尾高様からのご提起は、中小企業庁の方向性に対して深く実効性あるご提起でしたが、それだけでなく、NPO組織や行政組織などの社会での諸組織の未来にとっても、未来を切り開く上で大きな視座を頂いたと感じております。

 あらためて、この公開講座の場が現成しましたこと、ご参加くださった尾高様、中小企業庁様のご厚意に深く御礼を述べさせていただきます。

 

(中小企業庁の尾高様のご提起をいただいたオンライン発信会場。興味津々でみつめるタテイシ広美社の立石会長様(右))

 また、ご趣旨を汲んで各種のサポートを頂戴した中国経済産業局様、広島県中小企業家同友会様、本当にありがとうございます。

謝辞

※中小企業庁調査室 尾高様

※中国経済産業局様

※広島県中小企業家同友会様

 

 ちょっと固かったですね(笑)

 

 

あ、次回も続きます!

 あ、でも第3回も続きます。これで終わりではありません。(再度の笑)。

 次回は、人材としての経営資源を活かす新たな手法にかかわるお話をさせて頂きたいと予定しています。

 引き続き、よろしくお願いいたします。

 

 ではきょうはここまで。See you by now!

 

参考

 今回のテーマに関連する文献やデータ、またMaeyam-Laboが述べた視点に関わるものをあげさせていただきます。視聴されている方のお役に立てればうれしいところです:

  • 中小企業庁(編)『2020年版 中小企業白書』、2020年
  • 中小企業庁調査室「2020年版 中小企業白書・小規模企業白書 <講演用資料>」、2020年6月( https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2020/kaisetsu.pdf )
  • 前山総一郎『米国地域社会の特別目的下位自治体 -生活基盤サービスの住民参加実

際のガバナンス』東信堂、2020年

  • 前山総一郎「ヒューマンリレーション論(人間関係論)の組織分析フレームワークとし

ての現代適用可能性:組織スタディーズの観点からメイヨー&レスリスバーガーの所論を基に」『都市経営』第12号、2020年

( http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/fcu/detail/1215220200526204113 )

  • フレデリック・ラルー『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』 英治出版、2018年