柔軟で強靭な福祉社会にむけて. 米国社会の市民社会ガバナンスと組織の観点から (1) 特別目的自治体 Special Purpose Government

柔軟で強靭な福祉社会を国際的比較・世界的視野から展望

米国社会の市民ガバナンスとそれをささえる諸組織についてお話したく思います。

 まずは, コミュニティ政策学会国際交流委員会の研究会で今回ご報告したものをベースにして,お話したく思います。そして,柔軟で強靭な福祉社会がどのように可能なのかを念頭におきながら,できるだけ,米国での現状のリアリティを感じていただけるように記してゆきたいと思います。

 同研究会については,前回のブログでご紹介したところですが,アフターコロナでの,あるべき,柔軟で強靭な福祉社会を国際的比較・世界的視野から展望しようと設立させていただいたことについてお話いたしました。そしてそこで第1回目に,言い出しっぺの私がご報告することになったのですが(タイトル(「米国の地域社会における公共ハウジングの実際」)),今回は,その報告をベースとして,現在の米国の地域の福祉社会のありかたをめぐる旅を(さらには,照射しつつ日本の福祉社会のありかたを考える旅を),その一端ではありますが触れていただきながら,ご一緒にできたらと思います。

<ご参考 コミュニティ政策学会国際交流委員会での報告の趣旨>

「米国の地域社会の地平にあって「ハウジングオーソリティ」などの特別目的自治体制度(Special Purpose Government)は,リベラル思考・福祉国家思考が濃厚であったローズベルト・リベラル政権時代(1930年代)に戦略的に,ニューディール期に普及されたものであり,現在自治体(群自治体,市)とほぼ同数の3万8千団体の「特別目的自治体」が全米で,一見公団類似の形で,電気,ガス,図書館,公園,コミュニティ開発,ハウジングなどなどの領域で市民生活を支えている。

 その中でも特に,2000年前後に,全米約4千団体の「ハウジングオーソリティ」は,自己イノベーション(組織ガバナンスの強化,開発スキルの強化)を果たし,大きく転換し,居住住民のためのヒューマンサービスに力を入れ成果を出してきている。居住コミュニティのため,住民自治組織の設置支援や,特に低所得者のための「家族の自己自立・従属」などのプログラム等々を正面から扱うに至っている。

 それは,どのようにして,またなぜ進められたのだろうか。」

官民の両領域に跨って地域社会福祉の進展にコミットする「特別目的自治体」のありかた

 今,私がローカルガバナンス論,また組織論研究として追及してきましたのは,米国の特別目的自治体(special purpose government)と呼ばれる,民間のスキルをもち,市民ガバナンスですすめられるミニ自治体という特徴的なものです。日本にはほとんど知られていない制度存在なのですが,けれどもそれは,米国に3万8千団体存在しており市民の都市生活を実際に各方面で支えているもので大変に米国の社会になくてはならにない存在になっています。そしてそれのみならず特に,米国の実践者の方々がしばしばいうように「半分官で,半分民間」(half government, half private)の姿をしていて,変転し,苦悩する米国地域社会を,支える動きにあって,民間企業やNPOなどの「民間/市民」領域にも,自治体の「官」の領域にも,いわばまたがった制度存在で働きかける制度存在ということが大きいものです。(研究会では,そのなかでその働きを典型的な形で呈している,ハウジングオーソリティ(housing authority)に軸足をおいてお話しています。)米国の地域社会の現在,米国のポスト福祉国家のローカルガバナンスをみるうえでうってつけと想い,ご紹介させていただきます。

パイクプレイスマーケットPDA (特別目的自治体)が経営する同マーケット(シアトル)
パイクプレイスマーケットPDAのフランツナイト局長(左)らと筆者(同事務所にて)

問題意識                                 ~メインストリーム(標準的世帯)に該当しない層に無関心な日本の住宅政策

 前回のブログで触れたところですが,今,コロナ禍で非正規労働(とくに女性の非正規労働)にしわ寄せがきていること,子どもの低所得者層での子供の割合が急増していること,他方で富の集中が住んできていること,大きくは地域において格差や分断が進んできている。・・・地域社会がさまざまの点で,そして深く変化しつつあります。

  今,そのように変動する地域社会において,「働くこと」「住まうこと」「社会保障」のありかたが改めて問われてきています。格差の増大,雇用の流動化(非正規問題),苦悩するシングルマザー・シングルファーザーたち,増える失業せざるを得ない方々・・今,この時に,まさに「住むこと」,居住・ハウジングのありかたがその一端として大きく問われている,ということになります。実は,日本では,中産層を基盤としての「持ち家」政策が主であり,そのメインストリーム(いわゆる標準的世帯)からはずれた人々への政策的関心は薄かったし,現在も薄いといわれます(例えば,平山洋介2009年;小玉轍 2010年)。

メインストリーム(標準的世帯)に該当しない層を, 支えようとしてきた米国の住宅政策の流れ

 私が主要な調査フィールドとしている米国においては,メインストリームからはずれた人々に対しても何とか政策的に公共住宅を確保することにより支えようとしてきました。特に世界恐慌の直後の1930年代(ローズベルト大統領時代)と,そして1990年初頭に,公共住宅政策がすすめられました。特に,「ハウジングオーソリティ」という全米に約4000団体ある公共組織によって進められてきました。

 けれども,米国において,公共ハウジングが一つの危機を迎えようとしています。(他方で,それを支えようとする動きもあります。)このことは,予断を許さない状況にあります。

 実は,組織論の観点から特別目的自治体の領域についての研究をすすめてきたのですが,「ハウジングオーソリティ」という組織が「自治体」の領域に属しながら,民間企業の組織のようにとりわけデベロッパーの機能や福祉機能を自己開発して目を引く展開をしてきたことにとても興味を惹かれました。そしてその自己開発・自己改革のおかげで,また,規模的に小回りを利かせて,現在もそれぞれのハウジングオーソリティが柔軟に,低所得者の方々が多い居住者住民の方々に,住民組織の立ち上げの支援や,家族自立事業のサービス提供をおこなっていることがとても目を惹かれています。

日本の住宅事情,住宅公団事情とは別世界の,米国でのチャレンジ

 過日,ネブラスカ州オマハの友人でコミュニティ開発法人(CDC)を率いてきた友人のオスカー・デュランさんという方が,過日,一つのハウジングオーソリティの局長になられました。定期的なzoomミーティングをしているのですが,毎回,大変に熱く,目下,組織改革をして民間のデベロッパーやCDCの智慧も借りながら,家族自立プログラム(FSS)というヒューマンサービスを一生懸命に立ち上げてすすめていることを堰を切ったように語られます。そうしたことから,地域で移民の方や低所得者の方々にむけて,何とか官・民の両方の制度や知見をフルに使いながら,よいプログラムを立ち上げ,進めようという社会智があるということを感じさせてもらっています。

 そうしたことから,連邦・国家レベルの政策面では厳しい側面がある中でも,日本の住宅事情や住宅公団とは別世界の動きであることを痛感しています。

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追特別目的自治体とは (制度についての説明)

特別目的自治体 Special Purpose Governmentとは,一見公団にみえるようなものですが,自治体の類型に属しています。

郡自治体,市自治体,いわゆる私たちのイメージにちかい「自治体」ですが,それは住民登録,都市計画,議会事務,福祉などなど広範なしごとをすることから,ジェネラルにしごとをすることからGeneral Purpose government(一般目的自治体)とされます。

Special Purpose Goverment1
(ご参考) K.A.Foster著, The Political Economy. Special Purpose Government

特別目的自治体(Special Purpose Government)の定義と類型

米国国勢調査局によれば,次のように定義されます。

「独立した特別目的の自治体単位であり,一般目的の地方自治体から行政的にも財政的にも実質的に独立した別個の事業体として存在するもの。 既存の一般目的の政府が提供していない特定のサービスを,単一ないし少数の目的でのサービスを提供する。 」

ちなみに,設置は,自治体創出権をもつ州がおこないます。あるいは州から設置権を任せられて一般自治体が創出することもあります。

 そして,大きなくくりとしては,課税権をもつスペシャルディストリクト型(special district)と,課税権はもたないけれども利用料徴収権を持つパクリックオーソリティ型(public authority)とに分かれています。課税権をもつということからみると,やはり「自治体」ということがよくわかりますね。

 ちなみに,課税権はもたないけれども利用料徴収権を持つパクリックオーソリティ型(public authority)の一番の代表的なものについてお話しますと,1930年代とすこし時代はさかのぼりますが,多数の失業者をだした大恐慌下でニューディール政策での国家事業として,雇用創出と地域開発をすすめたTVA「テネシー峡谷開発機構」というものがあります。実はその,名称“Tennessee Valley Authority”は,その一番のフラッグシップであったということです。

特別目的自治体(Special Purpose Government)のはたらき

そして,群政府,市自治体などの一般目的自治体は,全米に38,910団体あるのですが,さてここで私たちが着目している特別目的自治体は38,266団体となっています。じつに,一見公団にみえる特別目的自治体は,市自治体などの自治体と,じつにほぼ同数(約3万8千団体)が存在し,稼働しているものです(米国Census Bureau調査)。

そして,特別目的自治体は,主として,単一の目的ないし二,三程度の目的を担当し,つまり「特別に設定される目的」のための任務を担当しています。具体的にはそれぞれの特別目的自治体が,空港等の公共交通,墓地,矯正施設,教育,電気,高速道路,病院,ハウジングおよびコミュニティ開発などのしごとを担当しています。

少しだけ事例のご紹介

 例えば,私自身が現地で相当数を調査させて頂いてきたのですが、そのうちから少しだけご紹介させてください。

まずフロリダ州にある「タンパベイ・ウォーター」(Tampa Bay Water)というものがあります。フロリダ州西部で,飲料水の供給に長らく苦しんできたフロリダ州西部で,それまで唯一の水源であった地下水に依存するだけでなく,海水淡水化プラント,地表水処理プラントなどにより,安定的に飲料水を供給するために,タンパ市,セントピーターズバーグ市など3つの市とヒルズボロー郡などの3つの郡自治体からの合計6自治体の連合により1998年に特別目的自治体(special districtタイプ)として創設されたものです。9名の市民理事会がその方向を決めます。一日に1.7億ガロン(65万㎥)が上記の6つの自治体の住民の方々250万人に安定的に供給されています。この場合,一自治体では対応できないものを6つの自治体が力を合わせて,水道水供給のための特別目的自治体を生み出したということになります。

Tampa Bay Water (出典 https://www.tampabaywater.org/)
(Tampa Bay Water による水供給システムについての説明 出典 Tirusew Asefa, Planning Tampa Bay's Future Water Needs: A Historic Approach, Sustainability Speaker Series, Patel College of Global Sustainability, USF, April 2, 2019)

Pike Place Marketを支えるPike Place Market PDA

もう一つの事例。現在シアトル市の三大観光地の一つとして全米,また日本でもとても有名な歴史市場「パイクプレイスマーケット」。スターバックスの発祥の地としても有名です。これは,20世紀初頭からシアトル中心街にあった市場が,1970年代に都市開発により取り壊される計画があったときに,市民の提訴による裁判がおこされた結果最終的に保全されることとなったものですが,それを担当する機構として,NPOや一般自治体(シアトル市)では対応できないという判断がなされました。そこで,特別目的自治体として設立されたものです。現在,約200の小売店が軒を並べてとても活気がありますが,その全体経営と歴史保全計画にそっての運営を12人の市民理事の方針に従っての組織(約100のスタッフ)として担っているのが,パイクプレイスマーケットPDA(Pike Place Market Preservation and Development Authority)です。評議会の場に立ち会えることは貴重な機会なのですが, パイクプレイスマーケットPDAの評議会にオブザーバー参加させていただいたとき、市場の出展者の方々,関係弁護士, 関連施設の方々などが お一人お一人自発的に そして課題にむかって前向きに討議されていた様子がとても印象的でした(下記写真)。

 また、大変に精力的な局長のベン・フランツナイトさんのもとでとても元気な特別目的自治体で,「組織は自治体,ガバナンスは市民の手で,そして手法は民間のもの」という特別目的自治体の独自の特徴をよく呈しると伺うたびに強く感じています。

フランツナイト局長さんたちと(再掲)
Pike Place Market PDAの市民理事会(12名の市民理事たちによる活発な会議)(筆写撮影)

 一般目的自治体とは一味違う「自治体」としての特別目的自治体の在り方,いかがだったでしょうか。一般目的自治体(群自治体,市自治体)とは違って,特定の目的のために,自治体の制度枠組みのもとに,市民による組織ガバナンス(理事会),民間のスキルという独特で活発な様子にふれていただいたところでした。また, こうした,ここではごく一端をご紹介しただけでしたが,これら特別目的自治体が,米国地域社会における,人々の生活サービス,都市サービスを相当広範に担ってきています。

 ハウジングオーソリティの実際を見ていただくにまえもって,特別目的自治体の息吹に触れていただきたく思い,少し長めにご説明させていただきました。

さて,次は,その特別目的自治体の諸類型のなかで,さらに,特に公共住宅を扱う「ハウジングオーソリティ」についての本題に入ってゆきたいと思います。

一般目的自治体とは一味違「特別目的自治体」の在り方,いかがだったでしょうか?

 一般目的自治体とは一味違う「自治体」としての特別目的自治体の在り方,いかがだったでしょうか。一般目的自治体(群自治体,市自治体)とは違って,特定の目的のために,自治体の制度枠組みのもとに,市民による組織ガバナンス(理事会),民間のスキルという独特で活発な様子にふれていただいたところでした。また, こうした,ここではごく一端をご紹介しただけでしたが,これら特別目的自治体が,米国地域社会における,人々の生活サービス,都市サービスを相当広範に担ってきています。

 ハウジングオーソリティの実際を見ていただくにまえもって,特別目的自治体の息吹に触れていただきたく思い,少し長めにご説明させていただきました。

次回に向けて

さて,次は,その特別目的自治体の諸類型のなかで,さらに,特に公共住宅を扱う「ハウジングオーソリティ」についての本題に入ってゆきたいと思います。

 あ,すみません。だいぶ誌面が長くなりそうなので,ここまでを第一部として,いったん切らせていただきます。そして別に第二部として「ハウジングオーソリティ」の形成・展開過程と制度思想,また現在直面している苦悩について,次のブログで引き続き示させていただきます。

参考文献

・Foster,K., The political Economy of Special-Purpose Government, Georgetown Press, 1997

・平山洋介『住宅政策のどこが問題か <持家社会>の次を展望する』光文社新書,2009年

・小玉轍『福祉レジームの変容と都市再生 -雇用と住宅の再構築を目指して-』ミネルヴァ書房,2010年

・前山総一郎『米国地域社会の特別目的下位自治体 生活基盤サービスの住民参実際のガバナンス』東信堂,2000年

・Radford,G., The Rise of Public Authority, The Chicago University Press, 1999

・U.S Census Bureau, 2021 Census of Governments, Individual State Descriptions, 2013